『解説』
西上心太

〈世界の七不思議〉をご存じだろうか。
 いやえらそうに質問するほど、わたしだって詳しいわけじゃない。あらためて調べてみたところ、選ばれた時代によって何種類もあるんですね。ここで挙げるのは最も古く選ばれた古代の七不思議で、人間が建てた巨大建造物を対象にしているのが特徴だ。

 ギザのピラミッド
 バビロンの空中庭園
 アレクサンドリアの大灯台
 ロードス島の巨像
 オリンピアのゼウス像
 エフェソスのアルテミス神殿
 ハリカルナッソスの霊廟

 うーん、ピラミッドとバビロンの空中庭園くらいしか知らなかった。ちなみに現存しているのはピラミッドだけとか。
 まあこれはどうでもいいんです。話題にしたいのは、この七不思議が制定されてから約2千年後の1965年に出現した〈世界八番目の不思議〉のこと。そう、アメリカ合衆国テキサス州ヒューストンに建てられた世界初のドーム型球場、アストロドームである。〈世界八番目の不思議〉と大見得を切るくらいだから、当時は相当話題をさらったはずだ。
 このドーム球場は1962年に創設されたヒューストン・アストロズのフランチャイズ球場となった。ヒューストンは酷暑の地であるだけでなく、真夏には虫がフィールドに襲来して野球どころではないという事情もあったらしい。ともあれこれ以降、カナダのモントリオールにはオリンピックスタジアムが、ミネソタ州ミネアポリスにはメトロドームが、という具合にドーム型球場が次々と建てられていった。
 そうした世界の──というよりアメリカの趨勢を見た上で建設されたのが、東京ドームである。完成したのは1988年。ちなみに同じ年に青函トンネルや瀬戸大橋も開通している。バブル経済真っ盛りのころである。この後、93年に福岡ドーム、97年に大阪ドームと名古屋ドーム、99年には西武球場ドーム化、2001年に札幌ドームと、わが国でもドーム球場建設ラッシュが起きた。これでなんと日本のプロ野球は12球団のうち、6球団の本拠地がドーム球場になってしまったのである。
 しかしアメリカ大リーグに目を移すとちょいと事情が変わってくる。89年にトロント(カナダ)に建てられたスカイドームで、初めて開閉式ドームが登場したのだ。それを皮切りに、フェニックスのバンクワン・ボールパーク、イチローがいるシアトル・マリナーズの本拠地セイフィコフィールド、ミルウォーキーのミラー・パークなど新しく造られるドーム球場のほとんどが、開閉式と天然芝使用を組合わせた仕様になってきたのである。元祖ドーム球場のアストロドームも99年を最後にチームに去られてしまった。アストロズの新しい本拠地アストロズフィールドも、もちろん開閉式天然芝球場である。
 つまり日米の事情を比較すると、アメリカではあくまでドーム球場建設は、酷寒あるいは酷暑の地に限られており、やがて技術の進歩から開閉式が主流になり、太陽光線を受けられるため天然芝を選ぶという一貫した考えが見える。それにひきかえ日本では、開閉式は福岡ドームだけ(札幌ドームの屋根は固定式だが、表にあるサッカーのフィールドが動いて屋根の下に入る!のである)だし、札幌以外は気候が厳しいわけでもなく、しかもすべて人工芝を使用している。どうも野球のためというよりも、経済性のみを追求しているように思えるのだ。たしかに日本は梅雨もあるし、雨が多いという点は認めるが。
 野球は無限の広がりを観客に感じさせるスポーツだ。ホームプレートから90度の角度でそれぞれライトとレフトに向かって伸びる白線は、本来どこまでも伸びていくものであり、外野フェンスなどの境は便宜的な区切りに過ぎないのである。外界と隔てられたドーム球場は、野球の持つ無限性を遮るものなのだ。区切られたフィールドで争われるサッカーやラグビーとは、まったく違う性質を持つスポーツなのである。
 さて本書『殺人! ザ・東京ドーム』である。
 ひとくさり日本の野球界とドーム球場に文句をつけてしまったが、なんと本書はわたしの嫌いな(笑)密閉空間であるドーム球場の特性を生かした、快調なサスペンス作品なのであった。

 ペナント争いもたけなわの夏休み、プロ野球随一の人気カード巨人対阪神の3連戦初日、後楽園の東京ドームは超満員の観客であふれていた。試合が終了し熱気も去った客席に、男が1人取り残されていた。酔っぱらいと思い近寄った球団職員は大いに驚くことになる。なぜなら観客の首筋には矢羽のようなものが突き刺さっていたからだ。
 その1月前、伊豆の山中で、あるハプニングが起きていた。番組制作プロダクションに勤めるディレクターの児玉啓三は、アーチェリー経験者で放送作家の勝本誠一を誘い、アマゾンから密かに持ち帰った猛毒クラーレの効果を試そうと、山の中で試し撃ちをさせていた。ところが木の空洞に落ちた児玉を助けるため、勝本が駆け寄った隙に、山道に置いたクラーレが消え失せてしまう。クラーレを盗んだのは、近くで2人の様子を窺っていた久松敏彦だった。久松は対人恐怖症気味な青年で、学校や勤め先などでさんざん馬鹿にされ続けてきた。だが虫をピンに止めて写真を撮ることに快感を覚えるなど、サディスティックな性癖も持ち合わせていた。クラーレを手に入れたことで、久松は生殺与奪の権を持ったことに気づく。やがて隠されていた性格が表に現われ、久松は変貌を遂げていく。そして……。
 「巨人・阪神戦なんて、どうしてあんなに騒がなきゃならないの」
 久松が一方的に思いを寄せるクリーニング店の娘の何気ない一言がきっかけだった。久松は特製の毒矢発射装置を作り、自分の力を見せつけるため超満員の東京ドームに向かったのだった……。

 岡嶋二人はニール・サイモンの戯曲「おかしな二人」をもじったペンネームで、井上泉(現・井上夢人)と徳山諄一(現・田奈純一)の2人が合体した、日本では珍しいコンビ作家である。このユニットは1982年、第28回江戸川乱歩賞を『焦茶色のパステル』で受賞してデビューを飾った。4度目の挑戦だったという。以降、89年の『クラインの壺』を最後にコンビを解消するまで8年間で22の長編と5つの短編集(ショートショートを含む)、1つのノンフィクションを上梓した。またコンビ解消後に井上夢人が書いた『おかしな二人 岡嶋二人盛衰記』(講談社文庫)によれば、コンビの実質活動期間は「〈岡嶋二人〉という名前を2人でデッチあげてから13年間」であるそうだ。
 岡嶋二人が登場した時の印象は鮮烈だった。『焦茶色のパステル』は構成をはじめ、ストーリー展開、伏線、場面転換の鮮やかさ、探偵役を務める女性2人の会話の巧みさ、謎となる対象の逆転など、デビュー作にしてすでに一級品の風格を備えていたのだ。しかも当時の謎解き主体の小説に多かった泥臭さがなく、翻訳ものを読み慣れた者にも違和感のない、都会的な洒落たセンスまで漂わせていたのである。一気に岡嶋二人のファンになったことはいうまでもなく、新作を追い続けたそれからの8年間も、決して彼らに失望させられることはなかった。
 『おかしな二人~』は実に興味深い本で、2人の出会いからデビューするまでの道のり、締切に追われ作品の質を落とすまいと喘ぎながら創作を続けていく過程、さらにはコンビ解消に至る相克や確執までが克明に描かれている。もちろん井上夢人側から見た〈岡嶋二人〉であることを忘れてはならないが。
 『おかしな二人~』には本書執筆時の裏話も書かれている。本書は東京ドームの完成にあわせて企画された、いわば〈際物〉である。現代ではあまりいい意味に使われないが、本来は「入用の季節のまぎわに売り出す品物。その時を失すれば無用・無価値となる」(広辞苑)という意味である。当然、ペナントレースが行われている時期を逃せば、それこそ企画ものとして「無用・無価値」になってしまう。ところがさまざまな事情で執筆が遅れ、最後はなんと12日間で書き上げ、野球シーズンも最終盤の9月下旬になってやっと発売されたという。
 まったくホームプレート上のクロスプレーを見るような危うさであった。だがさすがに岡嶋ブランドは信用できる。『焦茶色のパステル』に関して述べたような、岡嶋作品のデビュー以来の長所がすべて含まれているのである。さらに次のような、本書ならではの特徴を挙げることができるだろう。
 第1に東京ドームという大観衆が集まる舞台を最大限に生かす設定である。大観衆に隠れ匿名という一種の特権的立場に依った犯人が繰り広げる無差別殺人は、現代の通り魔殺人や横行するテロ行為に読み替えることができよう。群衆の中の個体、さらにその群衆も外界と遮断されているという二重性。先に少し触れたように、まさにドーム球場ならではである。
 第2に犯人である久松の造形だ。隠蔽された異常心理やストーカー的行為。現代にはまさしく彼のような人間があふれているではないか。この2点は、今の時代を先取りしているといってもいいだろう。作者の先見性を窺うことができる。
 第3に、フィールドで行われているゲームを巧みに利用したストーリー運びだ。ホームランで引き起こされる大歓声と、フィールドへの視線の集中が犯人の味方となるかと思えば、予期せぬファウルボールが彼の運命を狂わす。まるで野球の持つ偶然性がストーリーを支配するかのようではないか。野球というゲームとプロットが緊密な関係で結ばれていることがわかるだろう。
 そして第4に先述したストーリー以降に展開されるツイストの効いたプロットである。久松が罪を犯すきっかけを与えてしまった人物たちが、後半になって再び表舞台に登場した瞬間から、物語は予測もつかないラストまで一気呵成に突っ走る。最近のダラダラ野球試合とは大違いのスピード感は無類。まさに岡嶋二人の独擅場である。岡嶋二人末期の作品であるが、あらためてレベルの高さを再認識した次第だ。
 なぜ岡嶋二人はこんなに面白い作品を書き続けられたのだろうか。
 〈日本ミステリー界の七不思議〉の1つかもしれない。