『解説』
斎藤 純

「誘拐は割が合わない」と言われている。身代金を目的とした営利誘拐が成功した例のないことを端的にあらわした警句だ。では、実際の犯罪はともかく、誘拐物の小説はどうだろうか。
 結論を先に言う。誘拐物は割が合う小説である。岡嶋二人の『あした天気にしておくれ』(1983年)、『タイトルマッチ』(84年)、『どんなに上手に隠れても』(84年)、『99%の誘拐』(88年)、そして本書『七日間の身代金』(86年)といった誘拐物が、いずれも読みつがれて版を重ねていることがそれを証明している。
 周知のとおり、岡嶋二人は井上泉氏と徳山諄一氏のコンビ作家のペンネームだ。映画にもなったニール・サイモンの戯曲『おかしな二人』のもじりである。1982年、第28回江戸川乱歩賞受賞作『焦茶色のパステル』でデビューし、93年の『クラインの壺』を最後にコンビを解消するまで、岡嶋二人は28冊の作品を世に出した。誘拐物を得意とし、誰が呼んだか「人さらいの岡嶋」。
 もっとも、岡嶋二人名義による全28作品から5冊の短編集とノンフィクションの『熱い砂――パリ~ダカール11000キロ』を除いた22冊の長編作品のうち、誘拐物は5冊なので、実際には特に多いわけでもない。それでも、読者に「人さらいの岡嶋」のイメージが浸透したのは、岡嶋二人による誘拐物がそれだけ強烈な読後感を与えたからに他ならない。
 誘拐物と言えば、犯人と捜査陣の攻防、被害者や身代金を払う側の不安と苦悩といったあたりが眼目だろう。本書も被事者が救出される中盤までは、この定型にのっとっている。僕が誘拐物のサスペンス小説を書くとすれば、この中盤までの物語で満足するに違いない。充分な仕掛けが盛り込まれているし、ドラマとしても完結しているからだ。
 ところが、岡嶋二人はさらに仕掛けを用意している。中盤からの展開は、誘拐物というよりも密室物の本格ミステリとなる。だから、解説が難しい。精緻に積み上げた本格物ならではのトリックを、僕の不用意な言葉でぶちこわしにしてしまいかねない。ゆえに、事件の中身について、これ以上の言及は避ける(ま、こんなに偉そうに宣言するまでもないのですが)。

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「耳のいい作家」という言葉がアメリカにある。会話の描写がうまい作家に対する褒め言葉だ。
 僕たちがふだん交わしている日常会話は、必ずしも文法通りではない。それを文章にまるごと書いてみると、ずいぶん無駄な言葉が多いし、意味が通じないことさえも珍しくない。文法を崩した表現で会話としてのリアリティを持たせつつ、ちゃんと意味がわかる文章にする。それが成功して初めて「耳のいい作家」と呼ぼれる。
『七日間の身代金』は「耳のいい作家」による作品だ。例えば、こんなセリフがある。

「あたし、なにか、変なことの……その、イタズラかなにかじゃないかって思ったんです。あの、で、あたしはそのビデオは見ませんでした」

 これが次のようなセリフだったら、ニュアンスがだいぶ違ってくるだろう。

「変質者が送りつけてきたイタズラ・ビデオだろうと思って、わたしは見ませんでした」

 比べてみればわかるように、セリフによって、性格や精神状態を表現することができる。岡嶋二人はこの表現方法を駆使し、物語をほとんど会話で進行している。下手をすると、ダレてしまう手法だ。もちろん、本書は、読んでいてダレたりしない。会話の運び方によって物語に緩急をつけ、読み手の息づかいまでもコントロールせる工夫がなされているからだ。
 会話文は読み流してしまいがちだが、僕自身、小説を書くときに苦労するのが会話なので、どうしても気になる。そんなわけで、あえて会話について長く触れた。

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 本書は週刊小説85年11月22日号から86年2月21日号に連載された。物語の舞台も、同じころと考えていいだろう。そこで1つ頭に入れておきたいのは、80年代半ばには今ほど携帯電話が普及していなかったということだ。80年代から90年代にかけて、パソコンを含む通信革命とでも言うべき変化の波が押し寄せた。本書には、携帯電話を使えばすむのに、と思える場面がいくつかある。けれども、10年ちょっと前の日本で、携帯電話はまだ特殊なものだった。また、ワープロが急速に売れだした時期だったことも、本書の脅迫文をめぐる箇所でわかる。
 いつだったか、大沢在昌氏が「携帯電話のおかげで小説が書きにくくなった」とボヤいていた。同感である。ハードボイルド小説でも恋愛小説でも、コミュニケーションのスレ違いが、ドラマを盛り上げる要素になることが多い。携帯電話の普及は、この要素を削ぎかねない。
 しかし、岡嶋二人にはコンピュータやパソコン通信を駆使した『99%の誘拐』、バーチャルリアリティの世界を扱った『クラインの壺』がある。先端技術を積極的にエンターテインメントに取り入れたのだ。コンビを解消した後、井上夢人として作家活動を再開してからもこの姿勢は変わらず、パソコン上のオンラインマガジンで小説を連載までしている。僕にとってはマイナス要因のハイテクが(今どき携帯電話やパソコンごときをハイテク呼ばわりするのも時代錯誤な話で恐縮ですが)、かつての岡鴫二人や井上夢人氏の手にかかると物語の可能性を広げる材料となる。

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 井上夢人氏は『おかしな二人 岡嶋二人盛衰記』(講談社文庫)に本書の背景について次のように記している。

「変化球にしようよ」と僕は言った。
 変化球のアイデアが出され、出来上がったものは、とんでもない作品となった。
 小説は、冒頭から身代金受け渡しのシーンではじまる。誘拐物らしいところは、その最初の六十枚程度で、あとは密室物に作品が移行してしまうのだ。そこで使われたトリックの一つは、乱歩賞に応募して落ちた『探偵志願』のものをそのまま使った。これを誘拐物と呼ぶのは、ほとんど詐欺に近い。

 ほとんど詐欺に近い――と井上氏は書いているが、僕などは騙されたくて読むのだから、こんなに嬉しい詐欺はない。それに、本書は間違いなく誘拐物だと誰もが認めるだろう。一筋縄ではいかない誘拐物を書いたからこそ、誰が言うともなく「人さらいの岡嶋」の称号が広まったのである。
 また、本書では探偵役の近石千秋と槻代要之助の恋愛にも、事件の推移と同じくらい興味が引かれる。千秋の心理の変化や、千秋の目に映る要之助の姿が実に鮮やかに描かれていて、ときとして恋愛小説を読んでいるかのような切なさも覚える。トリックが目立つ岡嶋作品、そしてその後の井上作品だが、実はこの清潔な情感も持ち味の1つだ。
 要之助のキャラクターに著者の体験が重なっているような気もした。要之助は、千秋の父親から「フーテン」呼ばわりをされる。さまざまな職業(アルバイトと言うべきかもしれない)を転々とした井上夢人氏と徳山諄一氏も、そんなふうに言われたことがあったのではないか。要之助が乗っているサニーも、井上夢人氏がデビュー時に乗っていた車と一致する。そのあたりは、先に引用した『おかしな二人』に詳しい。
 ついでなので寄り道をする。『おかしな二人』は、岡嶋二人がどのようにして作られ、どのように終わったかという経緯を書いたもので、小説の書き方の類の本ではないと断っているものの、これからミステリーを書こうと思っている方にとって、これほど充実したテキストも他にないだろう。発想の方法から発展の仕方まで、実践的に書かれている。井上氏と徳山氏がアイデアを出し合い、ディスカッションを重ねて作品化していく過程は、1人で書く場合にも大いに参考になるはずだ(この本が出たとき、赤裸々に創作の裏側をさらけ出した姿勢に感服し、僕は井上氏にファクスを送っている)。この本は成功の甘い香りと訣別のホロ苦さを併せもった良質のドキュメンタリーであり、また1つの青春の記録と言ってもいい。未読の方には、ぜひお薦めしておく。
 ところで、先に僕は「誘拐物の小説は割が合う」と書いた。今回、この駄文を書くにあたって『おかしな二人』も再読して、居住まいを正されるような思いを何度も味わった。読者に喜んでもらうために、大のおとなが血のにじむような苦労をしている。そのことを改めて考えると「決して割が合うものじゃないな」と思わないでもない。これは、何も岡嶋二人の誘拐物に限った話ではなく、僕自身に向けた言葉でもある。
 脱線が過ぎた。
 本書の刊行後、千秋と要之助の探偵コンビによるシリーズを望む声が多かったが、岡嶋二人はこれに応えないままコンビを解消した。井上夢人氏は「1度使ったキャラクターはもう飽きてしまうから、シリーズ物は書かないんだよ」とおっしゃっていた。
 千秋と要之助の恋の行方が気になるところだが、2人は今もどこかのクラブで歌っているに違いない。そのレパートリーにロバート・マックスウェルの「ひき潮(エプ・タイド)」は入っているだろうか。陰惨な事件を経験して成長した千秋は、この情感溢れる名曲をきっと自分のものに昇華しているだろう。その歌を僕は聴いてみたい。

1998年6月5日 記