『解説』
黒田研二

 おぎゃあとこの世に生まれてから、今日このときまでに起こった出来事を、なにひとつ漏らすところなくパソコンへインプットしたとする。もちろん、そんなことが簡単にできるわけはないのだけれど、まあ、喩え話としてお聞きいただきたい。
 僕の半生すべてをハードディスクへ記録し終えたのち、〈岡嶋二人〉あるいは〈井上夢人〉というキーワードで、検索を行なったと仮定しよう。たぶん、初恋の女の子や大学の恩師に匹敵するほどの、数多くのデータがヒットするはず。岡嶋二人は僕にとって、それくらい大きな意味を持った存在なのだ。
 さらに付け加えるなら、僕が岡嶋二人について語ろうとするとき、そこには必ず、コンピュータが大きな関わりを持って登場する。

 僕がコンピュータに興味を抱くようになったそもそものきっかけは、本書『コンピュータの熱い罠』を読んだことから始まる。リズミカルにキーボードを叩き、次から次へと必要な情報を引き出していく主人公・夏村絵理子の姿に、僕は弟の一樹と同様、興奮しながら何度も「すげえ」と叫んだものだ。
 就職して最初のボーナスで購入したパソコンに、当時はまだまだ高価だったモデムを繋ぎ、早速パソコン通信を始めたのも、実は絵里子の真似をしてみたかったからなのかもしれない。そのパソコン通信サービスに井上氏も加入していると知ったのは、もっとあとになってからのことだ。
 僕はあっという間にネットの虜となった。ミステリ作家やそのファンが交わすやりとりを読んでいるだけでは飽き足らず、自分でも発言を繰り返すようになり、さらにはネットで知り合った友人をそそのかして、岡嶋二人&井上夢人のファンクラブまで結成させた。毎日のように好き勝手な書き込みをしては、1人悦に入っていた時期もある。そのときのログを読み返すと、冷や汗ものだ。あとになって、井上さんから「楽しく読ませてもらっています」とメールを頂いたときは、踊り出したいくらいに嬉しかった反面、地中深くにもぐってしまいたい気分にも襲われた。
 地下鉄銀座線を舞台に、99人の乗客全員の視線から物語が紡がれてゆく前代未聞のハイパーテキスト小説『99人の最終電車』。その連載がインターネット上で始まったのは、1996年4月のことだった。読者はいつ、どの場所、誰の視点からストーリーを読み始めてもかまわない。紙媒体では絶対に実現不可能な新しい試みだった。ちょうどその頃からインターネットを始めた僕は、当然、夢中になって読みふけった。我孫子武丸氏や岬兄悟氏など、他の作家の方が書いた乗客もゲストキャラとして登場し、さらに連載開始から半年ほどが経過したところで、「読者からも乗客を募集します」との告知がなされた。乗客の1人に選ばれた幸運な読者は、なんとこの僕だった。
 しかし入選したとはいっても、僕の応募原稿にはまだまだ粗が多かった。井上氏は僕が作家を目指していることを知っており、僕の作品の欠点を的確に指摘してくださった。そのときに頂いたアドバイスはすべて、その後の創作活動に大きく役立っている。
 つまるところ、もし岡嶋二人の作品と出会っていなければ、僕はパソコンに興味を抱くこともなかっただろうし、パソコン通信をしていなければ井上氏と知り合う機会も生じなかったことになる。公募に入選して、井上氏からアドバイスを頂けなかったなら、今もまだ独りよがりな小説を書き続け、おそらくは作家デビューなどできていなかったに違いない。

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 周知のこととは思うが、本書で初めてこの著者に接した読者のために一応の説明をしておく。岡嶋二人とは井上夢人氏と徳山諄一氏の合作ペンネーム。1982年に『焦茶色のパステル』で江戸川乱歩賞を受賞。86年には『チョコレートゲーム』で日本推理作家協会賞を、89年には『99%の誘拐』で吉川英治文学新人賞を受賞した黄金コンビである。89年『クラインの壺』を最後に解散するまで、長編21冊、短編集5冊、ゲームブックとノンフィクションをそれぞれ1冊ずつ発表。解散してからすでに10年以上が経つが、今もなお熱心なファンはあとを絶たない。
 岡嶋二人の1人である井上氏は、ミステリ界でもっともコンピュータに詳しい人間としても有名で、岡嶋時代には、本書のほか、ハイテク機器を巧みに利用した誘拐劇『99パーセントの誘拐』や、ヴァーチャル・リアリティーを題材にした『クラインの壺』を、解散して井上夢人名義になってからも、フロッピーに収められた文書ファイルがそのままひとつの作品を形成する『プラスティック』、コンピュータ・ウィルスとの熾烈な戦いを描いた『パワー・オフ』など、コンピュータがらみの傑作をいくつも発表している。最新作の『オルファクトグラム』では、主人公の並はずれた嗅覚を表現する手段として、CG(コンピュータ・グラフィックス)が重要な役割を果たす。
 井上氏が岡嶋二人時代の出来事を赤裸々に綴った『おかしな二人~岡嶋二人盛衰記』によると、『コンピュータの熱い罠』は「最初から最後まで僕がフルでイニシアティブを取った、これが最初の作品」だったらしい。つまりは井上作品の原点ともいえるわけで、そういった点から見ても非常に興味深い1作といえるだろう。
 井上氏の活動は紙媒体だけにとどまらない。インターネットを通じて小説の配信を行なう「e-novels」の主催者の1人としても活躍中であるし、また、前述したハイパーテキスト小説『99人の最終電車』の連載は、世紀を越えて、今年(2001年)でなんと6年目に突入した。

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 もうすぐ小学生となる僕の姪っ子は、誰に教えてもらったわけでもないのに、パソコンを自在に操る。「おお、この子はもしかすると天才なのでは」と一時は叔父馬鹿ぶりを発揮したが、よくよく話を聞いてみれば、どうやら彼女が特別に早熟というわけでもないらしい。就学前の子供がパソコンを操作するなんて、つい数年前までは考えられなかったことだ。
 僕が幼かった頃、コンピュータといえば、それはSFアニメなどに登場する、巨大な鉄の塊だった。人間の力では解決できぬ問題に難なく答え、さらには未来を予言する力まで持っていた。もちろん、それを動かすことができるのは、博士と呼ばれる人間に限られていた。
 それがいつの間にやら、科学は急速な進歩を遂げ、今では猫も杓子もパソコンを操っている。軽量化が進み、ポケットサイズのコンピュータまで登場した。さすがに未来の出来事までをぴたりといいあてることはできないが、しかしネットに接続すれば、わからないことのほとんどは即座に解決してしまう。
 たとえば、インターネット上の有名検索サイトに、〈岡嶋二人〉と打ち込んでみよう。驚くなかれ、その事柄について記されたページが2000件以上もヒットする。さらに本書のタイトルを入力して、項目を絞り込んでいっても、それでもまだ100件近いページが見つかるのだ。これらをひとつひとつ調べていけば、『コンピュータの熱い罠』が1986年度の「週刊文春 傑作ミステリー・ベスト10」第9位に選ばれた佳作であること、コンピュータ犯罪にいち早く警鐘を鳴らした作品であったこと、それとは相反して、雑誌掲載時のタイトルが『その鐘を鳴らすな』であったこと(すでに本書をお読みの方であれば、このタイトルの意味はおわかりですね)など、あっという間に判明してしまう。さらに、世界中の読者家たちが記した感想文や書評まで瞬時に読めてしまうのだから、こんなどこの馬の骨ともわからない男の解説文を読んでいるよりは、たぶんずっと役に立つことだろう。
 コンピュータが万能マシンとして我々の生活に浸透していく一方で、本書が警告するようなコンピュータがらみの犯罪は、今後ますます増加していくに違いない。それに加え、ネット世界にしか依存できぬ「ひきこもり」なる現象も増え続けている。
 コンピュータは諸刃の剣だ。しかし、少なくとも僕は、ネットを介して井上氏と知り合ったことで、確実に自分自身を向上(バージョンアップ)させることができた。使い方さえ間違えなければ、コンピュータは社会も人をも、素晴らしき理想の形に変えていってくれるはずだ。

 本書を読まれたあなたのハードディスクにも、これで〈岡嶋二人〉の名が確実に刻み込まれたことだろう。さて、あなたの半生を検索したとき、果たして〈岡嶋二人〉なるキーワードはどれくらいのヒット数を示すことになるだろうか。ヒット数の少ない人は幸せだ。これからまだまだ多くの岡嶋作品と出逢い、そのたびに大きな驚きを味わうことができるだろうし、また、それらの作品を読み進む過程で、自分自身がバージョンアップされていくのは、おそらく間違いないことなのだから。