『解説』
結城信孝

 ヒマな時にはミステリーを読むかギャンブルをする以外に、コレといってやることのない無趣味人間にとって、岡嶋二人の登場は便利でありがたかった。当時は、こんなに都合のいい作家が現われるなんて、信じられないほどであった。
 自分がそうだから……という理由で決めつけてしまえば、推理小説と賭博好きの男は、おおむね出不精で、釣りゴルフ旅行なんぞに出かけるのが面倒くさい。そんな時間があるくらいなら、寝そべってミステリーでも読んでるほうが、はるかにいい。
 そのくせ、ギャンブル場へなら少々田舎(競馬、競輪、競艇場は都心にない)でも出向いて行く。この矛盾をなんとも思わないところが、バクチ人間たるゆえんでもある。屋外ギャンブルをしない場合は、麻雀等の屋内種目が控えているため、この両方が存在し続ける限り、時間つぶしには事欠かない。
 小バクチでたまに黒字になると、大半は書籍代になる。日頃から目をつけていたハードカバー本をまとめて買い込んだり、値の張る古本にまで回れば上出来の部類。逆のケースのほうが多いので、その時の準備の意味からも、まとめ買いをしておく必要がある。
 岡嶋二人がナゼ便利で都合のいい存在かといえば、江戸川乱歩賞受賞作『焦茶色のパステル』(講談社文庫)に象徴されている。
 というのも、推理小説では特にユーモア・ミステリーを好み、ギャンブルじゃ競馬に目がないから、この二点を満足させてくれる受賞作は、無趣味出不精博打溺愛推理小説偏重型人間にとって、夢にまで見た◎本ってことになる。
 残念なことに《日本のディック・フランシス》などという、くだらないレッテルを張りつけられたものだから、競馬ミステリーは『七年目の脅迫状』『あした天気にしておくれ』(ともに講談社文庫)以降、パッタリ出ない。ただし、ある作品に競馬を隠し味にしたものがあるけど、これは言わぬが花。岡嶋ファンなら"ああ、あれか"と、すぐに思い出すだろう。
 そもそも、D・フランシスは元イギリスの障害ジョッキーで、エリザベス女王のお抱え騎手だった。現役時代に身を置いていた競馬界を遺産として活用する彼は、英国伝統の冒険小説に手を染めていく。フランシス作品に競馬が小道具程度にしか出てこないものすらあるのは、そのためである。
 その点、われらの岡嶋3作品は競馬がメイン・プロットになっており、仕掛けが本格でユーモアの味付けがなされている。冒険小説作家とは、したがってまったく違う。「第2」とか「再来」とか、安易になにがなんでも2匹目のドジョウにしてしまう日本人の習性に対して、おそらく反発を感じたために、(とりあえず)競走を中止したのかもしれない。
 D・フランシス人気に便乗して出現した競馬作家と決めつけられることは、著者ならずとも岡嶋ファンも我慢できない。そんな状況を考慮すれば、4作目が誕生しないのも納得できる。
 昨年、『本の雑誌』で《競馬短編グランプリ=国内編》と題した原稿を書いた折に、岡嶋作品から1編選ぼうと思ったところ、競馬短編を読んだ記憶がない。担当編集者から作者に打診してもらったが、やはり書いていないことが判明した。このあたりにも、確固たる創作姿勢がうかがえて頼もしい。時効というか、ある程度の時間が経過すれば、第4弾を読める日が必ずやって来る……。
 もっとも、競馬ミステリー以後の新作は、こんな飢えをいやしてくれるべく次から次、あの手この手で存分に楽しませてくれる。
《競馬》の部分が落ちても《ユーモア》の部分は健在で、むしろ意識的に競馬離れしたことが、後続作品のボルテージをあげる原動力になっている。

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『とってもカルディア』(昭和60年7月5日初版)は、《書下ろし青春ユーモア推理》として講談社ノベルスから出版された長編ミステリーで、とにかく底抜けに明るい。
 著者の持ち味であるカラッとした垢抜けたユーモアを前面に押し出す一方、骨組は犯人探しを主体とした本格物、というスタイルをとっている。
 岡嶋作品は、特にユーモアと銘打っていない小説でもユーモアがある。殺人や犯罪を扱っていながら、血なまぐささは全然ないし、悲劇的に描くこともしない。殺人(犯罪)事件とユーモアという二律背反するものを巧みにブレンドできるのは、なによりも筆力のなせるワザで、笑いのセンスなくしては成立しえない高度のテクニックが要求される。
 殺人物語を忠実に描くことはできても、それをユーモア小説仕立てにする作業は、日本人作家はあまり得意ではない。というより、読者側が受け入れないという一面もある。
 国産推理作品の中で最初に、これぞユーモア・ミステリーと膝を叩いたのが結城昌治の『白昼堂々』。次に西村京太郎の《名探偵シリーズ》にも感心したが、意図的にユーモア推理を書き続けたのが『大誘拐』その他の天藤真だった。
 推理小説プロパー以外では、筒井康隆『富豪刑事』と小林信彦『紳士同盟』が双璧。都筑道夫、泡坂妻夫、島田荘司らにもシャレた作品があったけど、現在はほぼ岡嶋二人による一手販売の感が強い。
 むろん、ユーモア・ミステリーとは対極に位置する小説もあるが、彼らの手にかかるとシリアスな殺しも悲惨にならないし、暗さもない。ちょうど、本格指向の傑作ユーモア・ミステリーを数多く残したクレイグ・ライス作品が、どれを読んでも後味がいいのと同様、岡嶋二人の小説も読後感は抜群である。
 また、小説のタイトルもシャレている。昭和57年のデビュー作から62年12月の『そして扉が閉ざされた』(講談社刊)まで出版された20冊ジャスト、どれを見てもタイトルがいい。イージーな地名入り殺人事件が氾濫しているため、シンプルな題名がかえって目立つ。これは、つねに常道を避けようとする合作コンビの完全なる勝利。
 ○○殺人事件というのが1冊だけあるけど、それとて『5W1H殺人事件』(フタバノベルス)と、ひとヒネリしている。殺人事件と付いていても、これなら読んでみようという気になる。
 著者の遊びの精神にならって、20作のタイトルから自分の趣味で《岡嶋タイトルBEST3》を選んでみたい。
 誘拐物のタイトルとしては絶好の『どんなに上手に隠れても』(トクマ・ノベルズ)、スッキリまとまっている『珊瑚色ラプソディ』(集英社刊)は沖縄舞台のサスペンス小説らしさが出ていて迷わされるが、熟考の末に次の3冊にした。(発表順)
『開けっぱなしの密室』(講談社文庫)
三度目ならばABC』( 〃 )
『とってもカルディア』( 〃 )
 お気づきの読者がいるかもしれないけど、この3作はみんな文字数が同じ3、オイチョカブなら最強……というのは下手なコジツケとしても、それぞれ軽妙で動きがある。
 奇しくも後の2冊、"上から読んでも山本山、下から読んでも……"でおなじみ《山本山コンビ》の作品になってしまったが、こっちは偶然で解説用のヨイショ!ではない。

〈申し訳ないような話ですが、とっても楽しんで書きました。このシリーズに出てくる2人組が、すっごく気に入っているからです。この本の中の6つの短篇、精魂こめて、楽しく楽しく練り上げました。6つの謎と、6つのびっくり、そして6つの解決が入っています。イ、ロ、ハ、ニ、コンペイトという感じのミステリーです。さ、あなたもどうぞ〉(『三度目ならばABC』著者のことば)
〈謎のカンヅメをお届けします。このお話の中には、赤いのや青いの、真珠色とかマーブル模様なんかの、いろんな謎がいっぱいつまっているのです。ひとつずつ取り出して、眺めてみて下さい。ジグソーパズルのように、それをあちこちへはめ込んでみて下さい。主人公の貞夫や美郷と、あなたと、どちらが先に答を見つけるでしよう?〉(『とってもカルディア』著者のことば)

 
 山本山2個、ともに講談社ノベルスで出た際の著者のメッセージを並べてみたが、この軽妙なコピーの中に作品の魅力が集約されているから、余計な解説でそれを壊さないようにしなくては。
 ひとつだけ強調したいのは、183センチの織田貞夫と145センチの土佐美郷(2人の名前を下から読んで下さい)の山本山カップルのキャラクターが素晴しいこと。
 おっとりした大男と、機転が利きすぎる小さな女のコという組合せは(男女探偵の例は無数にあるが)、オリジナリティにあふれている。やや積極的な美郷ちゃんが中性的魅力で迫れば、受けて立つ貞夫くんは若いわりに包容力がある。このバランスが、なんともおかしい。
 長編初登場になるこの作品、例によってさりげないユーモアとウィットでさらっと書かれているが、入念に伏線が張りめぐらされていて、推理小説的構成も申し分なし。
 ムムムムッと驚きのラストシーンを迎えるにおよんで、またしても2人組(作者のほうです)にしてやられてしまったことに気づく。
 殺人事件とユーモアという+-(プラス・マイナス)を、ものの見事に両立させた岡嶋二人……。