『その後の岡嶋さんと大蔵さん』
宮部みゆき

 というわけで――
 何がというわけかと申しますと、右の解説文は、昭和63年、本書『なんでも屋大蔵でございます』新潮文庫版が出版されたときに、単に岡嶋二人ファンだというだけで、デビューしたばかりで海のものでも山のものでもなかった宮部みゆきが書かせていただいたものであります。この度、本書が講談社文庫に移籍するということになり、岡嶋ユニットのおひとりでありました井上夢人さんから、あの解説をそのまま載せたいのだけど――というお申し出を受けまして、不肖ミヤベ、大いに喜びました。同時に、おお井上先生(注:わたしは井上さんにパソコンの基礎を習っている生徒であるのでこうお呼びしている)、あの頃はワタシも純情でありました……などなどと言っているうちに、じゃあ、あれからどうしてこうしてという後日談なんかちょっと書かせてもらっていいですかぁ? なんてことになってしまったわけであります。
 ファンの皆さんはご存じのとおり、残念なことに、なんでも屋大蔵さんが前文庫にお目見えしてまもなくの平成元年、岡嶋二人という作家ユニットは、傑作『クラインの壺』を最後に、解散してしまわれました。合作という創作形態そのものが珍しいのに、それに輪をかけて、現役でバシバシ活動中の状態で、正式に解散を表明した上でのコンビ解消というのは、希有なケースだと思われます。解散の経緯については、井上夢人さんが、井上さん側から見た岡嶋二人盛衰記『おかしな二人』を講談社から上梓されていますので、詳しくはどうぞそちらを。
 さて。
 わたしもファンのひとりとして、当時、解散後のおふたりが個々に生み出される作品に触れたら、「うむむ……さて、ここから類推していって、岡嶋二人のこの作品は徳山さん好みで、あの作品は井上さん好みか?」などと、あっちへ分けたりこっちへ分けたりして楽しめるかもしれない――などと思っておりました。が、しかし。前解説を書いたころはまだまだお尻に卵の殻をくっつけたヒヨコであったミヤベも、それなりにちょっとばかし創作の歳を積んで羽根が生えてきますと、そういう単純な分け方はまず不可能であるということがわかってまいりました。井上さん、徳山さんが個々に創り出された作品から、逆戻りして岡嶋作品を解析しようという試みは、言ってみれば、水を分解して酸素と水素に分け、それぞれどんな味がして、それは元の水とどう違うかと云々するようなもの。合作によって生まれる作品は、合作による完成品であり、合作ユニット解散後の個々の作家が生み出した作品も、個々の完成品であります。逆の解析ベクトルは存在し得ません。
 ただ――そんなことを言いつつも、ここがわたしの勝手なところなんですが、前解説でも書きましたように、わたしはこのなんでも屋の釘丸大蔵さんがとても好きなので、ぜひぜひ続きのシリーズが読みたい。そこで、機会をとらえて未練たらしく、井上さんに、
「あの……井上さんか徳山さんのどちらかが、大蔵さんのシリーズを続けて書かれるということはありませんか」と伺ってみました。
 すると、井上パソコン先生、生徒ミヤベに答えて曰く、
「まず、ないでしょう」
 ということですので、岡嶋ファンの読者の皆さん、釘丸大蔵さんは、本書に収められただけ、これポッキリですよ。大事に読みましょうね。そして、本書で初めて岡嶋作品に巡り会ったという読者の方、あなたは幸せ者です! デビュー作の『焦茶色のパステル』を出発点に、バシバシ読みましょう。岡嶋作品は、ある時点で、国産現代ミステリーの最高峰をきわめた作品です。作家は解散しても、作品は残る、これからも、息長く読み継がれてゆくこと間違いなしです。
 文庫本は、巻末の解説から読まれることが多いそうです。だとすれば、ここでひと言。前解説を書いた頃のわたしは、二十代だったんだなあ……まだ会社勤めをしていて、原稿を渡しに、会社の制服のまま版元へ行ったりしてたんだよ……そういえば、この解説が初めての依頼原稿だったんだもんね、あの原稿料は嬉しかったなあ……などと、この解説子は勝手な感傷にふけり始めておりますので、そんなのは放っておいて、どうぞ本編をお楽しみください。

(1995年5月)