オルファクトグラム

 
初出誌・サンデー毎日

1997年10月26日号~1999年5月9・16日号

 
発行:毎日新聞社 2000年1月30日
装画:山田博之
装幀:坂川英治+藤田知子(坂川事務所)
定価:1,995円
ISBN-10: 4620106089

 

 
発行:講談社ノベルス 2001年12月5日
ブックデザイン:熊谷博人
カバーデザイン:田島照久
定価:1,680円
ISBN-10: 4061822233

 

 
発行:講談社文庫 2005年2月15日
解説:小中和哉
解説を読む
カバーデザイン:荒木慎司
上巻・定価:860円,下巻・定価:770円
ISBN-10: 4062749858, 4062750074

著者のつぶやき

 以前『あくむ』を書いたとき、僕は自分に宿題を残してしまいました。
『あくむ』は、人間の五感(視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚)を1つずつ取り出してホラーを書こうというものだったのですが、嗅覚だけがどうしても書けませんでした。書いてみると、匂い(臭い)の話は文章がまだるっこしくて表現に切れがなくなってしまうのです。「丸い」と言えばどのように見えているかが表現できますし、「甲高い」と書けば聞こえる音を特定できます。「柔らかな」は手触りを表現し、「甘辛い」という言葉は味の範囲を限定することができます。しかし、嗅覚にはそれを言い表す言葉が驚くほどありませんでした。「××の匂い」「○○の香り」……ほとんどの嗅覚表現は〈その匂いを発するもの+「の匂い」「の臭い」「の香り」〉といった形になってしまうのです。
 とうとう『あくむ』では嗅覚が書けませんでした。最終的には〈第六感〉に逃げるしかなかったのです。そのことに打ちのめされて、匂いや嗅覚に関する本を読み漁りました。読めば読むほど、匂いの小説をどう書いたらいいのかがわからなくなりました。
 それがいつどんな状況で現われたものか、まるで思い出せませんが、あるとき僕は『パワー・オフ』を書いたときに読んだ本のことを思い出したのです。リチャード・ドーキンスという人が書いた『ブラインド・ウォッチメイカー』という生命の進化について語った本でした。この本の中で、コウモリの〈ソナー〉に関する記述があったことを思い出したのです。詳細は割愛しますが、コウモリは、超音波を発し、反射して戻ってくる音を聞き取って、周囲を認識します。なんと、彼らは飛んでいる虫をその〈ソナー〉で追いかけ捕食するのです。「これは、音で世界を見ているのだ」──それが、八方塞がりに陥っていた僕の窮地を救ってくれることになりました。
 音で〈見る〉ことができるなら、匂いが〈見え〉てもいいのではないか……そう考えたのです。嗅覚を視覚として表現できれば、きっと面白い話が書ける。それが『オルファクトグラム』を書かせてくれました。