『風が吹いたら桶屋がもうかる』 担当の辞
集英社 第十編集部 山本源一

 中央線の小淵沢の駅で小海線に乗り換える。ワンマンの一両しかない電車で、バスのような印象を受ける。清里まで行くのだが、夏休みが近づくにつれ、車内は週末には若い女性たちで溢れる。華やかでいい。
 そんな電車の中でいろいろと考えを巡らすことになる。
 井上さんの本を作るのはたいへんだ、などと聞いたことがある。単行本の編集者として、担当になってからしばらくの時間が経つのだが、前作の『パワー・オフ』は雑誌の担当者がほとんど実務を担ってくれたから、その「たいへん」がどんなことなのか、経験はしていない。
 私の担当した『風が吹いたら桶屋がもうかる』は、超能力を持つヨーノスケ、抜群の推理力のあるイッカク、ごくフツーで人のいいシュンペイという共同生活をする三人の若者のところへ、ヨーノスケを頼って、若い女性たちが人探しやら、怪奇現象の真相究明やらの相談に現れる。それを三人が協力して解決するという七本の連作小説だが、井上さんらしい仕掛けや工夫が凝らされている。章タイトルからしてちょっと異質な感じを抱かせるものだ。その楽しさは実際に読んで味わっていただけたらと思う。
 さて、一冊の本を作ることは常に「たいへん」なことで、小説ならばストーリーはもちろんのこと、文字の大きさ、種類、行間、字間といった字組み、カバーデザイン、帯のコピーなど、考えなければならないことは多い。もちろん編集者ひとりでできることではなく、校正・校閲者、イラストレーター、ブックデザイナーと、作家の方のほかに何人もの人たちとの共同作業となる。その方々たちの間を飛び回るのが編集者で、この本の作業をしているときは酷暑の時期だったから、それこそ「たいへん」だった。
 雑誌掲載の作品を単行本化することは、小説という、いわばイメージを、一冊の本という具体的な「物」あるいは「商品」に作ること。たくさんの人に本を手にとってもらって、「売れる」ために素敵な装いをさせること、と言い換えてもいいかもしれない。
「装丁はイラストレーターでもある南伸坊さんにお願いしよう」
 清里にうかがって話し合ったり、電話で打ち合わせをしたりしていくうちに、具体的なことがひとつずつ決まっていく。
「伸坊さん、私はこの小説からこんなイメージを連想しているのですが」
 東京の南さんのオフィスで原稿を前に、雑談を交えながら小説が作り出す世界を話し合う。
「帯のコピーはこんな感じでいかがでしょうか?」
 清里と編集部の間でファックスが何度も往復する。
 印刷所とスケジュールの確認をする。営業と初版部数や定価の打ち合わせをする。宣伝部とは新聞広告のスペースや位置について話し合う。カバー用紙を資材部に手配する。校正・校閲の窓口である制作室からゲラの催促がくる。管理部の担当者がページ数の変更がないかの問い合わせにくる。広報部は広報資料を早く提出しろと言ってくる。制作部からは「えっ、またカバーの表面加工を変えるんですか」と叱られる。ほかの編集者たちは冷ややかに自分の仕事をしている。「たいへん」である。
 そんな時間が経つうちに、小説がしだいに本という形になってくる。
 最初にこの『風桶』が、雑誌「小説すばる」に掲載されたときに持った印象が、さまざまな人に会って話し合ううちにさらに膨らむ。そのたびに少しづつ変わっていく。
 清里に向かう小海線の車内でそんな話をまとめ、さらに新たに考える。そして井上さんと話し合う。夕方の小海線に間に合うようにお宅を辞するときには、何となく形になって見えてくる。
 具体的な作業をはじめて三ヶ月。「たいへん」だが楽しい。この間にイメージは予想もしないほど広がり、予想以上の形となったと思う。
 井上さんが「僕の本じゃないみたい」とおっしゃって下さった。