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2017/03/27
井上夢人 小説

『99人の最終電車』──駒形千佳子

で、《駒形千佳子》のパートです。
 三宅聡を彼女がどのように見ているのか、二人とも、とても若いですね。

 
 
女性を書こうとすると、どうしても不安な気持ちになります。
 男の自分が、女性の考え方や気持ちなど書いていいものだろうかという怖れに囚われるのです。

 小説を書き始めた当初から、この恐怖はいつも心の中にありました。
 でも、男しか出てこない小説などかなり特殊です。どうしたって女性を書かなければなりません。

 そんなとき僕は無理矢理に自分に言い聞かせます。

 男も女も変わりはしない、と。

 ボーヴォワールが「女に生まれるのではない。女になるのだ」と言った言葉を、僕は女性を書くときのガイドにしています。
 女性を描くとき、僕は男性を頭に置きます。否応なく女性として育てられ、女性として評価され、女性という役割を与えられた〈男〉を書きます。「女のくせに」と言われている人の気持ちは、男の自分が感じるものとさほど変わりないだろうという考え方です。

 男性脳、女性脳というものがあるという知識はあるけれど、そのファクターは小さいものだと、無理矢理思うことにしています。

 そんな書き方の《駒形千佳子》の最初のページがこちらです。