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2017/01/06
井上夢人 雑文

ハイパーテキスト小説への期待(3) ── 井上夢人

『99人の最終電車』も、いろいろな挑戦が繰り返される途上で生まれてきたということが再確認できる第3回です。

 
 
ハイパーテキスト小説への期待(3)
                                      井上夢人

(承前)
 1965年、アメリカ計算機学会(ACM)において、テッド・ネルソン(Theodor H. Nelson)は、あちこちに分散されている文献を1つに統合し、ある文献中のテキストから他の文献を自由に検索し参照できるようなシステムを提唱する論文を発表した。そのシステムを、ネルソンはハイパーテキスト(Hyper Text)と呼んだ。彼の提唱したシステムが実現したのは、それから20年後、アップル社がパソコン「マッキントッシュ」を発売してからである。このマッキントッシュに、ハイパーカードというソフトウェアが搭載された。これは、テキスト、画像、音、などの様々な情報ファイルを相互にリンクさせ、参照することを可能にした新しいデータベースシステムだった。
 テキストの中に埋め込まれたリンクポインタをマウスでクリックしてやると、ディスプレイモニタ上に参照ファイルが呼び出される。呼び出されたファイルにもリンクポインタがあれば、それをクリックしてまた別のファイルを参照できる。そのリンクシステム自体はシンプルなものだが、組み合わせることによって非常に複雑な構造を持った文献参照システムが構築できるのである。
 現在、インターネット上に繰り広げられているワールド・ワイド・ウェブ(World Wide Web=WWW)は、このハイパーテキストによって構築された世界規模のリンクシステムだ。

 私は、このハイパーテキストを使って小説を書いてみようと考えたのである。
『99人の最終電車』というハイパーテキスト小説の連載を、昨年の4月(※註 1996年4月)からインターネット上で開始した。現在1年以上を経過しているが、完成はまだ半年以上先になりそうだ。ちなみに「ハイパーテキスト小説」というのは私の造語であり、一般に通用しているものではない。
 地下鉄銀座線の最終電車に乗り合わせた99人の乗客を描くという小説である。午後11時57分に渋谷駅を最終電車が発車する。同時刻、浅草駅からも電車が走りはじめる。小説の舞台は、浅草行の先頭車両と渋谷行の最後部車両。そして、それをつなぐ銀座線各駅のプラットホームに限定されている。2台の電車は、0時13分に銀座駅でホームを挟み向かい合って停車する。小説はその20分弱の中で展開される。
 小説は1分間を1ページとした単位で、時間軸、場所軸、人物軸という3次元の構造によって組み立てられている。3本の軸の交点に1ページずつを配置するという形になっているのである。
 読者の便宜のために、2種類のインデックスページが用意されている。1つは登場人物それぞれをリストから選択する「人物インデックス」。もう1つは、車内及びホームの「場所インデックス」だ。場所インデックスは時間の選択も兼ねており、24時5分の赤坂見附駅、といった選択が可能で、さらにそこに示された車内俯瞰図から人物を表すボタンをクリックすることによって、それぞれのページへジャンプする。
 それぞれの各ページにも、リンクポインタは配置されている。ある人物が向かい側の座席に腰掛けている乗客に目をやれば、その向かい側の乗客へはクリック1つでジャンプできる。
 かなり複雑に感じられることだろうが、実際に読む場合にはさほどの煩雑さはない。読者は気の向くままにリンクポインタをクリックすればいいだけのことだからだ。
 地下鉄には、様々な乗客が乗り合わせている。この小説においては、登場する99人全員が主人公である。Aという人物のページでは、Aを主人公としたストーリーが展開されている。一方、そのページで脇役のBは、彼自身のページではもちろん彼が主人公なのだ。Bのストーリーは、Aのそれからは完全に独立している。
 小説に、私が決めた最初のページはなく、最後のページもない。最初のページは読者の選択によって決定され、その先をどう読み進むかも読者が決める。1人1人の登場人物を時間に沿って読み進めれば、99本の小説を読むことになる。帰宅途中のカップルのそれぞれを交互に読み進み、会話の裏にある心理が2人の間で微妙に食い違っているのを読み比べていけば、それはまた違った小説に変貌する。
 あるいは、車両に乗り合わせた人物たちを、ある時間に沿って次々に輪切りにするように読んでいくこともできるし、1人の登場人物を中心に据えて、彼の話に登場する他の乗客たちにその都度行きつ戻りつしながら状況の変化を読んでいくこともできるのである。
 連載をはじめた当初、何人かの編集者が「この作品は最終的にどこで本にするつもりなのか」と訊いてきた。だが、この小説は従来の本の形に納めることは不可能なのだ。それぞれのページのリンク関係があまりにも複雑であるために、ゲームブックのような体裁にすることすらできない。最終的には、CD-ROMに焼き込むという格好になるだろう。

(続く)