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2016/12/27

ポンツーン 2004年6月号

井上夢人 雑文

視点の方法(1)── 井上夢人

 幻冬舎が発行している「ポンツーン」という雑誌があるのですが、そこで「ミステリーの書き方」という作家志願者のための誌面講座を連載したことがあります。日本推理作家協会に所属している様々な作家たちがそれぞれに割り振られたテーマに沿って、自らのミステリー執筆法を伝授するという企画でした。
 僕は、そこに『視点の方法』という題目で書きました。
 2010年11月に1冊の単行本『ミステリーの書き方』としてまとめられたのですが、編集方針に疑問があって、僕の『視点の方法』はラインナップから外してもらいました。
 まあ、ただ、折角書いたものですから、雑誌掲載のときのものをここでご披露します。
 作家を志している方には参考になるかもしれません。(ただ、作家を目指している方がそんなにたくさんおられるとも思えませんが……(^_^;))
 やはり、ちょっと長めの原稿ですので4回に分けて掲載します。

 
 
視点の方法(1)
          井上夢人

〈視点〉という言葉は、通常「立場」とか「観点」あるいは「考え方」といった意味合いで使われます。「視点を変えてみる」「今週の視点」というように、かなり日常的に使われています。
 小説の世界でも〈視点〉という言葉はよく使われるのですが、小説家がこの言葉を口にする場合、通常使われている〈視点〉とは、やや違った意味合いを待った用い方をされることがあります。新人文学賞の選考会などでの「視点の混乱が気になる」とか「この作者、ときどき視点がブレるね」といった発言は、日常的に使われている〈視点〉とは、少し違う内容を示しているのです。また、小説を「一人称一視点」とか「三人称多視点」といった言い方で分別することも、しばしば行なわれています。
 小説の世界では、〈視点〉は小説作法上の技法の1つとして語られることが多いのです。ここで僕がお話しするのは、その技法の1つとしての〈視点〉についてです。
 では、どのように違うのか──まずは、〈視点〉とは、小説にとってどういうものかということから、明らかにしておきたいと思います。

■視点とは
 もう40年も前に消え失せてしまったものなのですが、東京・干住に「お化け煙突」というものがありました。大正時代に建設された火力発電所の巨大な煙突で、見る方向によって煙突の数が違うことから、そんな呼ばれ方をしていました。ある方向からは3本、別の方向からは2本、また4本に見えたり、ときには太い煙突が1本立っているだけに見えたりするというものだったのです。
 小学校に上がるか上からないかの子供のころ、僕はよく親に連れられて、亀有に住んでいる知人を訪ねるために常磐線に乗りました。電車が進むにつれて窓の外に見える煙突の数が変化するのが面白くて、僕は座席によじ登り、ずっと窓にしがみついていたものです。
 ネタをばらしてしまえば、実際に立っていた煙突は四本で、菱形を極端に押しつぶしたような形に配置されていたために、煙突同士の重なり具合がそんなミステリーを生んでいたのです。
 さて、この「お化け煙突」を、ミステリー小説のネタとして考えてみると、どういう具合になるでしょうか。

 たとえば、4人の人物が、それぞれ違う部屋に監禁されていたとしましょう。
 犯人は、自分の計画していた犯罪をすべて終えた後、4人に目隠しをし、離れた場所まで連れて行って彼ら全員を解放しました。しかし、その後、それぞれの監禁場所を特定するために彼らの言葉を聞いた刑事は、奇妙な問題を抱えることとなります。
 彼らが閉じ込められていた部屋の窓からは、それぞれ巨大な煙突が見えていました。しかし、見えていた煙突の数がAは1本、Bは2本、Cは3本、そしてDは4本と違っていました。当然、最初のうちは、別々のエ場に面した窓だったのだろうと誰もが思いました。ところが、その後の捜査によって、4人が見ていたのは同じ場所に立っている煙突でなければ説明のつかないようなことが、いくつも明らかになってきたのです。
 だとすると、おかしなことになります。同じものを見ていたはずなのに、主張する煙突の数が全員違うのです。Aは1本だと言い張り、Bは2本だと訴え、Cは3本に間違いないと断言し、Dは4本だと声を荒げます。彼らが嘘をついているとは思えませんでした。
 この不思議な謎を、刑事は解かなければならない羽目に追いやられます──。

 ここで大切なのは、謎は〈視点〉が生み出しているのだということです。
 監禁された部屋の、それぞれの窓から見えていた煙突が謎を構成しています。もし、ヘリコプターにでも乗った人物が火力発電所の上を飛んだら、謎など、どこにもなくなってしまうでしょう。
 もちろん、この「お化け煙突の謎」は、煙突それ自体が「方向によって違って見える」という構造を持っていることから発したものです。しかし、だからといって、この種の素材だけが〈視点〉によって謎を生み出すわけではありません。ある意味で、ミステリー小説で描かれる謎は、すべて〈視点〉によって生み出されているのです。
 考えてみれば単純に理解できます。犯罪を描いたミステリー小説の多くには、犯人役、被害者役、探偵役といった役割の人物が登場します。その犯罪に謎が存在するのは、それを探偵役から眺めているからです。犯人役から眺めてみれば、それは謎でも何でもありません。犯人は、その犯罪をどのように行なったのか、すべて知っているのですから。
 つまり、「小説をどのように読者に提示するか」を決定するのが〈視点〉なのです。視点の扱い方次第で、小説はまったく違ったものに姿を変えてしまいますし、面白くなったり、つまらなくなったりもするのです。小説の面白さを生み出すための基本的な技術の1つが、〈視点〉なのだと言えるでしょう。
 具体的に見ていくことにします。

(続く)