Junkyard

 

2016/12/09

小説すばる 2004年1月号

井上夢人 雑文

最悪の誕生日 ── 井上夢人

 お祝いのメールやメッセージをいただいて、自分の誕生日だったと、こんなエッセイを書いたことを思い出しました。36年前の今日のことを書いたものです。

 
 
最悪の誕生日
          井上夢人

「何をするんだ?」
「セシアの死骸を移す」
「移す……?」

 と、そこまで書いたとき、電話が鳴り出した。やっとノッてきたところなのに……電話機と原稿用紙を見比べた。夜も更けていた。夜中のほうが原稿は進む。
 どうせ、僕の誕生日を冷やかしてやろうという電話にきまっていた。「お前も、とうとうオジサンだな。イヒヒヒ、おめでとさん」とでも言われるのだろう。どう言い返してやろうかと考えながら、受話器を取り上げた。12月9日。この日が僕の誕生日で、つまり、僕は20代を終え、30歳になったのだ。
 だが、受話器から聞こえてきた言葉は、予想していたものとはまったく違っていた。
 ──ジョンが死んじゃったよ。
 いきなり、名乗りもせずに、その友人は言った。
「え……?」
 ──知らないのかよ。ニュースで言ってる。ジョンが殺されたって……。
 ニューヨークにあるダコタアパート前の路上で、ジョン・レノンがピストルで撃たれて死んだ、と友人は告げた。
 「……嘘だ」
 と僕は言った。そんなこと──信じられるわけがない。ニュースは誤報にきまっている。嘘だ。そんなこと絶対に信じない。そう繰り返した。それ以外に言葉が見つからなかった。
 友人は、鼻声になりながら、オレ、ジョンに見てもらおうと思って描いてる絵があるのに……」と呟いた。彼は画家志望だった。小学校で警備員の仕事をしながら、夜、生徒たちのいない教室を私物化し、アトリエ代わりにして習作を描きまくっていた。
 耳に受話器を当てていたが、僕はもう、友人の言葉を聞いていなかった。ぼんやりと、炬燵の上の原稿用紙を眺めている。まだ乾いていないインクが、電灯の光を受けてヌルヌルと光っていた。なんだか、やけにつまらない文章が並んでいるように見えた。
 僕はその時『あした天気にしておくれ』というタイトルの小説を書いていた。徳山諄一という男と二人で、江戸川乱歩賞に挑戦しようと決意して五年、その時書いていた小説が三度目の応募原稿だった。最初の応募から、ペンネームは「岡嶋二人」に決めていた。
 ジョンが死んだ──。
 嘘だ、と、また僕は呟いた。そんなの、あんまりだ。
 ビートルズは解散してしまったものの、いまだに僕にとって彼らは神だった。彼らの音楽を信じ、彼らの言葉を信じ、彼らのやることなすことに感動し、彼らの生き方を真似しようとしてきた。衝撃的な作品『God』で、ジョンは連禱の末に「ビートルズなんて信じない、信じるのは自分とヨーコだけだ」と歌ったけれど、でも僕はビートルズを信じ続けてきた。
 中学2年の夏、クラスの友人に半ば拉致されるようにして、映画『A HARD DAY'S NIGHT』を観に行った。スクリーンに向かって泣き叫ぶ少女たちの嬌声に音は聴き取れず、立ち上がった彼女たちの背中で画面はロクに見えず、しかし、ただ1曲『If I Fell』だけが耳に残った。映画館から帰宅する途中、レコード店に寄り、その曲が入ったドーナツ盤を、330円出して買った。
 そのときから、ビートルズは僕にとって神となった。
 今でこそビートルズの曲は音楽の教科書にも載っていたりするが、当時の大人たちは彼らを危険きわまりない悪魔のように言っていた。こっそり学校にテープレコーダーを持って行き、休み時間に教室でビートルズの曲を鳴らしたために、職員室へ呼ばれて叱られ、母親までが呼び出されて「非行の兆候がある」と注意を受けた。友人の何人かは、ビートルズを真似た髪を、クラス全員の前で切られ、坊主にされた。
 でも、僕には彼らが神だった。ジョン・レノンが「ビートルズはキリストよりも有名だ」と発言して全米でボイコット運動が起きたとき、僕はレコードを焼き払うアメリカ人たちを見て、むしろ彼らのほうが恐ろしい人たちだと感じた。僕の父親はキリスト教の牧師で、僕はずっと教会の地下に住んでいたのだけれど。
 1980年のその日は、最悪の誕生日となった。その日から数日、僕は原稿が書けなくなった。20代を終えた途端、自分の青春が終わりを告げた。もちろん、その10年前にビートルズが解散したこともショックで悲しかったけれど、彼らの1人1人が活動を続けていることが支えになってくれていた。とりわけジョン・レノンは、常に僕の活力源だった。
 あらためて『A HARD DAY'S NIGHT』のビデオを観てみる。今の僕は、スクリーンの中で跳ね回っている彼らの、倍を超える年齢になってしまった。なんとなく吐き出すものが溜め息になった途端、ジョンの言った言葉を思い出した。
《思い出に浸りたいなら、レコードを聴けばいい》