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2016/12/04

週刊読書人 2006年8月4日

井上夢人 雑文

オルファクトグラム ── 井上夢人

 先日、ある人から「小説家はすごい。無から有を生み出すなんて」と言われました。とんでもありません。無から有なんて生み出せません。そんな真似はできません。作品には必ず元ネタが存在します。新聞記事だったり、他人が口にした言葉だったり、読んだ本の一節だったり。そのネタをどこから眺めるか、どんな光を当てられるか、どんなふうに変形できるか……それが上手くいったときは嬉しくなります。『オルファクトグラム』を書いたときは「上手くいった」と思いました。
 そんな思いを綴ったエッセイを、週刊読書人に載せてもらいました。

 
 
オルファクトグラム

 匂いが視覚として見える男
 コウモリの聴覚をヒントにして

              井上夢人

 この目にも耳にも馴染みのない「オルファクトグラム」というタイトルは「嗅覚の図」といった意味合いを持たせた言葉です。独自の造語のつもりだったのですが、医学の世界にはElectoro-olfactogram(嗅電図)という言葉がちゃんとあるということを後になって知りました。
 匂いが視覚として見えてしまう男の話なのです。
 現実として、そんなことが起こるとは作者の僕も思っていませんが、この作品のための取材をしていたとき、嗅覚を研究されているある学者さんにこのアイデアをお話ししたところ「それは面白いなあ。面白いこと考えるなあ」とたいそう喜んでいただきました。で、よし、と自信がついたのです。
 もともと僕は、自分が見たり感じたりしている世界と、他人が見たり感じたりしている世界の違いというものに興味がありました。
 例えば、ある花を見て、きれいだと思う人がいれば、なんの感興も抱かない人がいます。同じ人物を目の前にして、一目惚れしてしまう人もいれば、嫌悪を感じる人もいます。
 どうしてこのようなことが起こるのでしょう。同じものを見ているのに、なぜ人は同じようにそれを見ることができないのでしょう。
 ある本の記述が、僕にひとつのヒントをくれました。それは、コウモリの聴覚について書かれたものでした。
 ご存知の通り、コウモリは自分で超音波を発して、それが物にぶつかって跳ね返ってきた音を耳で捉え、周りの様子を認知します。驚異的なのは、彼らは飛んでいる虫でさえ、その超音波で識別し、自らも飛翔しながらその虫を捕らえるということでした。
 見ているとしか思えない……というのが、僕の感想でした。
 そのときに思ったのです。コウモリは、耳で外界を見ているのだ、と。
 彼らコウモリが聞いている音は、僕たちが聞いているものとはまったく別のものに違いありません。僕たちが眼で見ているように、彼らは音を映像として見ているんじゃなかろうか──。
 それが、この「オルファクトグラム」を発想する始まりとなりました。
 光を映像として認識する方法も、音を映像として認識する方法もあるなら、匂いを映像として捉えることがあったっていいんじゃないか。
 で、僕は、匂いが視覚として見えてしまう男の話を書くことにしました。
 楽しい仕事でした。この物語の主人公の体験を想像するのが、楽しくて仕方ありませんでした。
 その僕の楽しさと興奮が、読者の方たちに伝わってくれればいいのですが。