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2016/11/30

サラブレッド 1982年12月号

岡嶋二人 雑文

どんでん返し ── 岡嶋二人

 岡嶋の初期には、馬がらみ、競馬がらみのエッセイを依頼されることが多くありました。僕は競馬のことなどまったく知らなかったので、そんな仕事ではエピソードの詳細やデータは徳山に依存していました。とくに、競馬雑誌や生産牧場の会報など、専門知識を持った読者が想定される媒体に書くような場合には、徳山への依存率もそれだけ高くなりました。時にはこのエッセイのように、一般の読者には理解不能な内容のものもあったりしたのです。

 
 
どんでん返し
       岡嶋二人

 レースの検討には、推理小説を組み立てている時に似た興奮がある。特に穴を発見した時がそうだ。穴は、ミステリーで言えば「どんでん返し」ではなかろうか。
 意外な結末──大好きなのだ、これが。
 ただ、ぼくの場合、それを好むあまり、自分勝手にどんでん返しを創造してしまう傾向がなくもない。9月18日の中山、第9レースがそうだった。

カンナ賞芝1200メートル

 サラ三歳400万条件の特別レース「カンナ賞」だ。芝の1200メートル、9頭立てである。
 9頭のうち、5頭が新潟組、あとの4頭は札幌組である。人気は1枠メイラブと6枠プロメイドが分け合っている。タイムも他馬より抜けているようだし、まあ、①-⑥で固いのかなとも思う。だが、それではなんとも、もの足りなくて、予想紙を細かく見ていった。
 ふと4枠のヨシノエデンに目がとまった。
 前走は1000メートルの未勝利戦だが、59秒4で勝ち上がっている。一方、プロメイドのほうを見ると58秒3。時計がひとつ以上も違う。これでは、ヨシノエデンは無理かとも思える。実際、人気もまったくで、予想配当は2500円などと出ている。
 だが、前半3ハロンと後半3ハロンのタイムを見て、これはひょっとすると、と思った。

1枠メイラブ   1000m 59秒8 36秒7 35秒4
4枠ヨシノエデン 1000m 59秒4 38秒7 35秒4
6枠プロメイド  1000m 58秒3 35秒2 35秒0

 いずれも、9月18日付『馬』の朝刊版より抜き出したものである。うしろのふたつのタイムは前半と後半の各3ハロンのもので、また、メイラブに関しては、2走前のデータである。
 プロメイドが入気になるのはわかるが、ヨシノエデンはなぜこんなに人気がないのだろう? 少なくとも、メイラブとはいい勝負なのだ。
 ただ、ヨシノエデンは前半の3ハロンが他の2頭に比べてかなり見劣りする。この3頭だけでなく、9頭の出走馬のうち前半の3ハロンに限ると最も悪い。下手をすると、ポツンと1頭置かれてしまうかも知れない。まして、あっという間に終わってしまう短距離戦である。人気のないのは、まあ、このへんかも知れない。

数字のトリック

 だが、この前半38秒7は展開でそうなってしまった数字である。2番手、1番手、1番手となっているからだ、過小評価ではないかと思った時、ぼくはひとつのトリックがあることに気付いた。数字のトリックである。
 1000メートルは5ハロンである。ところが、前半の3ハロンと後半の3ハロンを加えると6ハロン──1200メートルになる。つまり、前と後の数字は、中間で重なっていることになる。
 ぼくは、計算をやってみた。全体のタイムから前半3ハロンを引き、最後の400メートルを見る。

1枠メイラブ   59.8-36.7=23.1
4枠ヨシノエデン 59.4-38.7=20.7
6枠プロメイド  58.3-35.2=23.1

 メイラブとプロメイドが共に23秒1なのに対して、なんとヨシノエデンは20秒7で駆け抜けているではないか。
 400メートルの間に2秒4の差。──とたんに鼓動が速くなった。いかに前半がゆったりした展開だったとはいえ、この末脚を見逃がす手はない。
 これこそまさに、菊地寛の言う「確かなる穴」だ。

いつも疑い深くて損をする

 ヨシノエデンから入ることに決めた。④-⑥が主軸で、①-④を押えということにしよう。──今さらにして、ぼくは思う。ここでやめておけば良かったのだ。
 なんとなく不安になった。
 どうしてヨシノエデンに人気がないのだろう……? 誰も、このもの凄い末脚に気付いていないのだろうか。
 なにごとにつけ、はくはどうも疑い深い。裏に回ってみたくなる。手品などを観る時はなおさらだ。手品師が右手で何かを取り出すと、ぼくは左手ばかり見ている。だから、右手で行なわれている華麗な指の動きを見逃し、結局損をしてしまうことにもなる。
 ぼくは、たった今見つけたばかりの自分の発見に疑問を持った。素人のぼくが発見したことである。予想紙に記事を載せているトラックマンたちが、これに気付かないというのはおかしい。
 いや、気付いていないわけはない。彼らはプロなのだ。「ハロンタイムの重複」など、彼らにとってみれば、極めて常識的なことである筈だ。第一、彼らはヨシノエデンの前走を見ている。とてつもない末脚を、まのあたりにしている筈なのだ。
 なのに、ヨシノエデンは無印──。
 ここには、何らかの理由がある。その理由が記者たちに印をつけさせなかったのだ。

意外な結末

 ぼくはそれを調べるために、ヨシノエデンの前走をもう少し詳しく見てみることにした。
 週刊『馬』の9月6日号を開く。それは、第3回新潟4日目の第2レースであった。
 ラッブタイムを見て、あれ……と思った。

12.7-11.3-11.7-11.7-12.0
(前半35.7) (後半35.4)

 となっている。35秒7……?
 ヨシノエデンは3コーナーから1番手に立ち、そのままゴールに駆け込んだのだから前半3ハロンのタイムは、当然、彼のものである。新聞では、これが38秒7になっていた。
 どういうことだろう……。
 次の瞬間、疑問が氷解した。あまりのばかばかしさに、ぼくは笑い出してしまった。
 つまり、予想紙のほうの数字は、ミスプリントだったのだ。ヨシノエデンのとてつもない末脚は、単に誤植によって作り出されたものにすぎなかった。
 ぼくは、当然ながら、「カンナ賞」の①-⑥を買った。ところが──。
 結果はなんと、④-⑥だったのである。
 四コーナーから抜け出して来たヨシノエデンは、写真でメイラブを押さえ、2着に入ってしまったのだ。
 なんてことだ……。
 2910円という配当を眺めながら、ぼくは意外な結末に、ただ呆れ返っていた。
 やはり「どんでん返し」は、ミステリーのほうが創りやすい。