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2016/11/25

日販通信 2006年3月号

井上夢人 雑文

書店との出合い ── 井上夢人

 自分が子供だったころの話をするとき、つい饒舌になってしまうのは、あのころの記憶がキラキラと輝いているからなのでしょう。楽しかったことはもちろん、辛かったことや苦しかったことも、すべてが輝いている。日販通信からエッセイの依頼をいただいたとき、そんな本屋さんの原風景が浮かんだのだと思います。

 
 
書店との出合い
漫画週刊誌が登場したころ
              井上夢人

 僕が小学3、4年のころ、日本中の子供たちを意識変革の波が襲った。昭和30年代中ごろのことだ。その変革を引き起こしたものは「少年マガジン」と「少年サンデー」の創刊だった。2誌の成功を追いかけるように、次々と漫画週刊誌が登場し、僕たちは必死になって漫画を読み漁るようになった。
 もちろん、それ以前にだって漫画はあった。「少年」や「冒険王」は定番だったし、5円玉を握りしめて貸本屋へ行き、『忍者武芸帳』だの『ジャングル大帝』だのを読んだりもしていた。でも、雑誌は月刊なのだ。貸本屋へ行くにしたって、せいぜい月に1度か2度だった。それが、毎週水曜日に最新の漫画連載が読めることになってしまった。これが、当時の小学生、中学生の行動パターンを大きく変えることになったのだ。
 記憶が間違っていなければ、当時の漫画週刊誌は30円ぐらいだった。これは小学生には結構な高額だ。なにせ、さいころキャラメルが5円の時代なのだ。バラ売りのお菓子は1円が単位。駄菓子屋に10円を持っていけば、かなりの買い物ができた。お年玉はポチ袋に100円札が入っていれば狂喜乱舞していたし、そもそも僕の場合、ひと月の小遣いが100円だったのだから。
 30円の漫画週刊誌を毎週買っていたら月に120円から150円もの出費になる。いくらなんでも、漫画だけで小遣いや貯金箱の中身を使ってしまうわけにはいかない。さらに、当時の親の世代にとっては、漫画はおしなべて悪書だった。「なに漫画ばっかり読んでるの! 外で遊びなさい」と、しょっちゅう叱られた。でも、やっぱり漫画は読みたいのだ。
 そこで、金持ちの友達をおだて上げてみんなで回し読みするか、あるいは店頭で立ち読みするかということになる。連載漫画の続きを読むために書店へ毎週通う習慣がついた小学生は、たぶん僕だけではなかったはずだ。
 立ち読みはいけないことだという気持ちは、僕らにもあった。だから、書店へ行くと、すぐに漫画週刊誌の置かれている台へは行かず、店内をぐるりと回り、学習参考書の棚だとか、小説の棚あたりを物色する格好を一応作る。そして「なんだ、これは?」てな顔をして、漫画週刊誌を手に取るのである。たぶん、バレバレだっただろうが、そうやって僕などは書店に慣れ親しんでいった。物色する真似をしているうちに、漫画以外の本にも目がいくようになり、いつの間にか小説を立ち読みするようにさえなった。
 漫画週刊誌の登場は、書店に行く習慣を作っただけではなかった。それまでの月単位の連載が週単位に変わることによって、僕たちのサイクルがスピードアップを開始したのだ。
 もう、連載を1ヶ月も待つようなことはできなくなった。月刊誌は読み切り、連載は週刊誌で、といったそれまでは存在すらしていなかった意識の変革が、当時の小中学生を中心として起こり始めた。僕たちの考え方や、ものの感じ方が、その根底からリズムをアップテンポのものに変えたのだ。
 思い起こしてほしい。その当時の小中学生こそ、団塊の世代であり、日本の高度成長時代を担った今のオヤジやオバサンたちなのだ。
 漫画週刊誌の登場が子供たちの体内リズムや意識を変化させ、その子供たちが大人になって日本を大きく変えることとなった──と結びつけてしまうのは、乱暴にすぎるだろうか。でも、あの当時の空気を吸って成長してきた僕にしてみると、それが無関係とはどうしても思えない。
 逆に言えば、そんな巨大な渦巻きの中で揉まれてきたことが、僕に小説を書かせているような気もしてしまう。