Junkyard

 

2016/11/24

野性時代 1983年1月号

岡嶋二人 雑文

クズ鉄になったサニー ── 岡嶋二人

 デビューして間もないころに書いたエッセイです。とっても嬉しくなってしまったのは、扉に書いていただいた和田誠さんのイラストでした。見れば、明らかに運転しているのは僕です。でも、このころ、僕は免許を持っていなかったんですね。
 徳山の運転するサニーの助手席で、僕は実にたくさんのものを得ました。

 
 
クズ鉄になったサニー
              岡嶋二人


 数年前まで薄汚いサニーに乗っていた、
 それこそ、童話によく出てくるロバみたいな奴で、気が向かないと押しても引いても動いてはくれない。冬の日などは、せめてバッテリーだけでもと、家へ持って入り、炬燵の中へ入れて暖めておいてやるのだが、それでも動かすまでに三十分も掛かったりする。なにしろ、走行メーターなどとっくの昔にひと回りしてしまったような老残兵だから、どこもかしこもすり減ってヘナヘナになってしまっていたのだ。それだけオンボロになった奴に、さらに何年も乗っていた。
 知り合いのセールスマンに頼んで引き取って貰った時、告げられた値段はたったの五千円だった。まるでクズ鉄──いや、正真正銘のクズ鉄だったのだ。
 そんなボロ車ではあったけれど、今にして思えば、あいつを手放したのは実に惜しかった。二人組で推理小説を書いてみようと話し合い、ぼくらの小説づくりの原型が出来たのは、あのオンボロサニーの車内だったのである。
 当時、ぼくらは小さな会社をやっていた。やっていた、などと言っていいものかどうかわからない。とにかく、仕事などまるで無かったのだから、写真や十六ミリ映画の製作を請負います、とダイレクトメールだけはやたらに出した。手ぐすねひいて待ち構え、待ち続けて、根が尽きた。仕事も来ないクセに事務所だけはバンとしたのを借り、事務員まで雇って、それで続くわけがない。二年足らずで事務所を閉じた。
 事務所も、金も、信用も、世間体も、すべて無くしたぼくらに残っていたのは、ひび割れタイヤを履いたサニーだけだった。
 だましだまし車を走らせながら、ぼくらはあリ余る時間を喋ることで潰した。話の内容は、殆どがひと山あてようという金儲けの計画ばかりだった。どれもこれも夢物語で、皮算用だけは誰よりも上手くなった。
「いいか、十倍なんてのはだな、配当のうちでもずっと低いほうなんだ、例えば二百円買って、それが的中ったとするだろ? そうすると、戻って来るのは二千円だ。おっと喜ぶな。この二千円を次のレースに全部注ぎ込むわけさ。それで十倍のやつが的中ったら、これが二万円。てな具合に、六回転がしてみなよ。二億円だぜ。な。二百円が六レースで、二億だ。なに、失敗したって、元手は二百円なんだ。どうだい?」
 走る車の中ほど話のしやすい場所はない。内容がいくら馬鹿気ていようと、周囲に気兼ねはまったくいらない。人が聞けば呆れ返るような話を、ぼくらは真剣になって、際限なく繰り返した。
 繰り返しているうちに、それはいつしか、小説の中に出てくる主人公の行動にすり変わっていた。トコトコと走る車の、運転席と助手席で前方に目をやりながら、その車内こそ、ぼくらの仕事場になって行ったのである。時として、話は窓外の珍しい建物に行ったり、道端を歩いている美人の上に止まったりするが、それがまた小説の筋をふくらませるいい刺激になった。
 そのオンボロ車は、すでにぼくらの手元にない。車検の費用が無いという情けない理由で、奴はクズ鉄になってしまったのである。
 先日、北海道へ牧場を見に行った、海沿いに延々と続く牧場地帯を移動するために、ぼくらは車を借りた。国道235号線を走らせながら、どうもぼくらは同じことを考えていたらしい。
「久し振りだな、こういうの」
「ああ、まったくな……」
 もうあれから、五年近くが過ぎ去って行った。