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2016/11/21

小説すばる_2004年5月号

井上夢人 雑文

あなたがリメイクっ!『Rubber Soul』 ── 井上夢人

 このエッセイを書いた6年後、講談社のIN★POCKETという月刊誌で小説『Rubber Soul』の連載を開始しました。大好きなビートルズのアルバムから小説のイメージが浮かび上がったのが、このエッセイを書く5、6年前なのですから、アイデアは暦が一巡りして、ようやく形になり始めたということですね。まあ、よくあることですが。

 
 
あなたがリメイクっ!『Rubber Soul』
                   井上夢人


 The Beatlesの『Rubber Soul』というアルバムを小説化してみたらどんなことになるだろうかと真剣に考えたことがある。
 このアルバムが発表された1965年というのは、The Beatlesのメンバーたちにとって精神的にも肉体的にも疲れ切っていた時期だった。世界的なアイドルグループになってしまった彼らは、果てしなく続くワールドツアーの過密スケジュールでヘトヘトになっていた。実際、この『Rubber Soul』のレコーディングが始まったのも、24都市を30日間で回るという全米ツアーから帰国したばかりだったのだ。疲れ果てた彼らは、その翌年からコンサートで演奏することをすべて取りやめ、ファンの前に姿を現わすことなく、スタジオミュージシャンへの道を歩み始める。
 だから──と言い切ってしまっていいものかわからないが──この『Rubber Soul』全体に漂う疲弊感は、The Beatles全作品中でもかなり異様な輝きを放っている。それを小説に写し取ってみたいと考えたことが、僕にはあった。
 編集部から「リメイクしてみたい映画を」と言われたとき、僕が思い浮かべたのはこの『Rubber Soul』のことだった。出来上がっている映画をリメイクしてみたいと考えたことなどなかった。それが傑作なら、作り直す必要などないし、駄作なら、なおのこと作り直したいとは思わない。音楽を映画にリメイクする。あるいは小説にリメイクする──そういうことならしょっちゅう考えるのだ。
 僕は洋画好きで、レンタルビデオで一番多く借りてくるのはハリウッド映画だ。だから、この映画版『Rubber Soul』もハリウッド映画のような形でリメイクしてみたい。主人公としてキャスティングしたいのはジュード・ロウだ。気位が高く、しかし自分の感情を表に出すのは不器用な男。相手役の女優には、エミリー・ワトソンを起用したい。田舎から都会に出てきた彼女は、ファーストフード系のレストランでウエイトレスをやりながら、映画スターになることを夢見ている。そのエミリーとジュードが出会う。ジュードは友達からオープンカーを借り、エミリーをデートに誘う。車を走らせているとき、彼女は「私は映画スターになるの」と語る。「スターになったら、今度は私の車に乗せてあげる。たぶんあなたのこと好きになると思うし」などと笑いながら話すのだ。
 奔放な彼女の性格に振り回されながらも、ジュードはエミリーにのめり込んでいく。しかし、二人の関係はジュードが期待しているようには進展していかない。なぜなら、彼女は映画のオーディションに合格し、チョイ役ながら憧れの世界に身を置くための一歩を踏み出したからだ。そして、エミリーの前に現われたのが、ちょっと渋めのプロデューサーだった。このプロデューサーには、是非ともケビン・スペイシーを配したい。
 エミリーと会える時間が極端に減り、電話してもずっと話し中。「もう、僕とは会いたくないのか?」訊くと、彼女は怒り出す。「あなたは自分のことしか考えないの? 私は今がすごく大事なときなのに」そして、彼は一人部屋に閉じ龍もり、鳴らない電話を見つめて過ごす。彼の鬱積した思いは、次第に彼女への怒りに変わってくる──。
 この映画のメインテーマは、このあたりからはっきりした形を見せ始める。これは、ジュード・ロウが次第にストーカーヘ変貌し、最後にはエミリー・ワトソンを殺してしまうまでの話なのだ。
『Rubber Soul』に収められた14曲を順番に並べていくと、見事にそんな展開のストーリーが現われる。アルバムの最後の曲「Run For Your Life」は、「他の男と一緒にいるお前を見るぐらいなら、死んでくれたほうがマシだ」という強烈な歌詞から始まるのだ。「逃げられるものなら逃げてみろ。砂に頭を突っ込んで隠れりゃいい」
 後にも先にも、こんな歌詞を持った曲をラストに置いたアルバムは、The Beatlesにない。中には「Michelle」や「In My Life」のような、純粋に「愛」を歌い上げた曲も含まれているが、他の曲の間に挟まれているのを聴くと、まるでストーカーがそのターゲットの留守番電話に吹き込んだ愛の言葉のような薄ら寒さまでも感じてしまう。四人のメンバー全員が、男女のすれ違いや、去っていった女への恨み言などを曲に仕立て上げているのだ。最初はウキウキと弾んでいた主人公の心が、次第に不安な振幅を起こし始める。
 つまり、これは被害者側に視点を置いた話ではなく、ストーカー側から描いた心理サスペンスなのである。映画にリメイクされたとしたら、とても怖い話になる──と思うんだけど。