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2016/11/20

サラブレッド 1984年2月号

岡嶋二人 雑文

四千億円の泥沼 ── 岡嶋二人

 しかし、確実に言えることは、相棒を演じて書いたエッセイのほうが、自分自身のことを書いたものよりも生き生きとしていたってことです。ようするに、小説と同じような《でっち上げ》感をエッセイでもやれたということなんでしょうね。
 社台ファームという競走馬の生産牧場が馬主や競馬関係者のために発行している「サラブレッド」という雑誌に書いたこのエピソードも100%徳山諄一のネタですが、僕の書きっぷりも走っていたと思います。

 
 
四千億円の泥沼
            岡嶋二人

 私がまだ高校三年生──とすると、昭和36年のことだ。その年の9月4日月曜日に、私は足を踏み外した。
 それを私にそそのかしたのは、英語の教師だった。クラスの担任であり、学校中でもっとも恐れられている風紀係の先生である。
「諸君」
 教壇に立つと、先生は私たちを眺め回しながら、そう言った。生徒たちは、いっせいに下を向く。目を合わせたらお終い、だからである。
「諸君」
 と、先生は重ねて言った。
「大川慶次郎が、パーフェクトをやった」
「へ……?」
 クラスの全員が、顔を上げた。
 パーフェクト──?
 そんな選手がいただろうか、と誰もが思った。大川慶次郎というピッチャーを知っている生徒は1人もいなかった。だいたい、野球のニュースであれば、先生から言われなくともみんな知っている。
 私たちは黙ったままでいた。先生の言葉にどんな反応をしたらいいものか、見当がつかなかったからだ。なにかのワナだ、とみんなが思った。
 すると、先生はニッコリと笑った。全員がゾッとした。
「大川慶次郎がパーフェクトをやった。昨日のことだ。これは、歴史に残る快挙と言うべきものだ」
 先生は、教壇の椅子へ腰を下ろし、机に頬杖をついてニコニコと微笑みかける。
 私は、思わず時間割表を取り出して眺めた。問違いはない。一時間目は英文法だ。ええと、パーフェクトのスペルは……そう考えていた時、横の勇気ある生徒が手を上げた。
「先生、大川慶次郎って、誰ですか?」
「いい質問だ」
 先生は、満足そうに頷いた。
「競馬の評論家だ」
「…………」
 教室が、一瞬、凍りついた。
 競馬──。
 それは、悪の代名詞だった。世間の多くはそう見ていたし、私もそう信じていた。まだ、そういう時代だったのである。
「そう、競馬なんだ。競馬」
 先生は、相変わらず微笑みながら言う。
「諸君は知らんだろう。まあ、当然かも知れない。しかし、だ。これは、おそろしく大変な出来事である。歴史的な偉業と言ってよいだろう」
 先生は「歴史的」という言葉を強調した。堰を切ったように先生は話し始めた。生徒たちは、呆気にとられて先生を眺めていた。こんな先生を見るのは初めてだった。
 その日、先生は英文法の時間をつぶして馬券の講義をやったのだった。
 昭和36年9月3日。第4回東京競馬2日目。その第1レースから第11レースまで、若き競馬評論家大川慶次郎は、すべての予想を的中させた。
「しかし、パーフェクトがいかに困難なものか、諸君に想像ができるだろうか? いいか。普通、予想を専門にやっている人間の的中率は、ほぼ3割と言われている。それが、第1レースから第11レースまでを続けて的中る確率──どうだ? 誰かわかる者はいるか?」
 わかるわけがない。実際、先生だってノートを見ながら話しているではないか。
「0.00018パーセントだ。つまり、約50万回に一度という確率なのだ」
 ポカンとしている生徒をニヤニヤと見回しながら、先生は得意げに言った。
「競馬は、土曜と日曜に開催される。そうすると、年に約100日だ。したがって、ある人間が予想をやって、その日のレースすべてが的中るなどということは、5000年に1度あるかないかなのだ。100人がやっても、50年に1回しか実現しない」
 0.00018パーセント──。
 私は、その数字を英文法の教科書の余白に書いてみた。
「仮に、だな」
 と、先生は続ける。
「100円ずつ、大川慶次郎の言った通りに馬券を買ったとしよう。そうすると、払戻金の合計は、12,530円となる」
 私は、眼を見開いた。
 就職組の連中の話していた初任給が、一万そこそこという頃である。
「ただし、それは100円ずつ買ったという場合の話だ。1レースで的中った払戻金をそのまま2レースに注ぎ込み、その払戻金を3レースに──とやっていくと、さて、最後にはいらになると思う? 誰か、わかるか」
 私は、ノートに計算を始めた。このころから「円」という単位のついた計算だけは、真剣になれた。
 しかし、数字を書き連ねているだけで答えはまるで出なかった。当然のことだ。私は、馬券の配当のことなど、まるで知らなかったのだから。
 先生は、咳払いをひとつした。そして、指を4本立てた。
「4,000億円だ。まあ、机上の計算ではね」
「…………」
 再び、教室の空気が凍りついた。
「競馬」
 その言葉が、私の頭に焼き付いたのは、その時だった。この瞬間から、私は泥沼の中へ踏み込んでいくことになる。
 それから二十余年が過ぎた。
 昨年、某テレビ局で競馬を科学するといった企画が立てられて、どういうわけか、私もその番組に出ることになった。録画前の打ち合わせで、テレビ局の控室に座っていると、小柄な紳士が私の後から現われた。
 私は、一瞬、言葉を失った。
 大川慶次郎氏だったのである。短く刈った頭に白いものが混じり、温和そうな表情に静かな笑いを浮かべて、
「大川です」
 と、その人は言った。初対面のはずなのに、私はなんだか懐かしい人に再会したような気持がした。