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2016/11/17

小説新潮臨時増刊 1986年夏号

岡嶋二人 雑文

最後の大声 ── 岡嶋二人

 鮮明な記憶というものはあるもので、このエッセイに書いた情景は、30年以上経った今でもはっきりと目に浮かぶ。二子玉川の安アパートにやって来た元相棒が、コーヒーゼリーを持参していたことまで、きれいに覚えている。候補作となった作品は『あした天気にしておくれ』というものだった。

 
 
最後の大声
           岡嶋二人


 大声を出すことには自信があった。
「さあ、いらっしゃい。いらっしゃい! 安いよ、安いよ。百円、百円。どれでも、百円。なんでも百円」
 朝の八時から夜の八時まで。途中、一時間半の休憩を除いて、ずっと繰り返し声を張り上げ続けている。チョコレートだの、煎餅だの、スルメに、飴玉、ビスケット、キャラメル、酢昆布もあれば、ピーナッツもある。スーパーの店先に品物を拡げ、なんでもかんでも百円で売ってしまう。そういう仕事をやっていた。
 特売期間は一週間。最後の日には、声も枯れ果て、普通に喋ることすら出来なかった。
 一日声を枯らした報酬が、八千円ぐらいだったと思う。そのころの僕にしてみれば、けっこういい収入だった。
「大入りだよ。ごくろうさん。次もまた頼むよな」
 そう言われ、千円札が一枚入った袋を渡された。
 最後のその日、僕は一人で百円の菓子を二十万円ぶん売った。自分でも嬉しくなって、大入袋を押し戴いた。
 ロッカーで着替えをして店を出る。とっくに日は暮れていた。電車に乗り込みながら、次はもっと売ってやろうと決意した。
 しかし、その日が最後になった。アパートヘ帰り着くと、相棒が僕を待っていた。相棒は「候補作に選ばれたよ。乱歩賞の」と、僕に言った。