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2016/11/11

小説現代 2005年3月号

井上夢人 雑文

ノーマン・マクラレン ── 井上夢人

 生意気だった学生時代の記憶から綴ったエッセイです。小説現代2005年3月号《思い出の映画 第49回》に掲載されました。原稿を受け取った編集者も、ノーマン・マクラレンについては知りませんでした。そうですよね。知ってる人なんて、ほんとに限られてますよね。

 
 
「ノーマン・マクラレン」
                          井上夢人

 ノーマン・マクラレンという映像作家をご存知の方が、どれぐらいおられるのだろうか。今から三十五、六年前、十代だったころに、僕はこの人が作った映像と出会った。
 当時、僕は映像作家を目指していた。映画監督ではなく、映像作家だ。その違いを説明するのは厄介だが、そのころ僕自身が使っていた言葉で言えば、「光と音と時間を絵筆にして描く作品を創る人」てなことになる。ストーリーはなく、ドラマもない。精一杯背伸びをしている十代だから、こんな偉そうなことを考えることも、口にすることもできた。
 高校を卒業したばかりのころ、僕は8ミリカメラを手に入れた。個人で扱えるビデオがある時代ではない。すべてフィルムだった。フジカシングル8-Z600というカメラは、コマ撮りが可能で、フィルムを巻き戻して二重写しやオーバーラップ、スーパーインポーズなどができるという、かなりの優れものだった。僕は、そのカメラで全編コマ撮りだけの作品や、多重露出だけを使った作品、最初から最後までズームアップのみで作ったもの、太陽が写り込んだときにできるハレーションをテーマにして撮ったものなど、やたら奇天烈な作品を作り続けていた。
 そんな時に、ノーマン・マクラレンの映像と出会ったのだ。衝撃を喰らった。
 すべてが数分というショートフィルムばかりだったが、中でも「色彩幻想(Begone Dull Care)」と「ブリンキティ・ブランク(Blinkity Blank)」という二つの作品には、熱を出して寝込むほど興奮した。
 二つの作品に共通して言えるのは、それらが「カメラを使わずに作られた作品」だったということだ。
「色彩幻想」は、透明なフィルムに、ペンや筆を使ってパターンを描き、オスカー・ピーターソンのジャズにシンクロさせて光や色が乱舞するというもの。
「ブリンキティ・ブランク」は、未露光の黒いフィルムをピンなどの先の細いもので傷をつけ、そこに彩色してアニメーションを描いたものだった。キラキラと光る鳥や虫が黒い画面の中を動き回り、ユーモラスで美しい映像を作り出していた。
 カメラなどなくても映像作品は創れる──マクラレンは、僕の固定観念を崩壊させた。
 やってみよう、と思い、僕は黒い未露光のフィルムを手に入れるために、箱から出しただけのフィルムを現像に出した。ところが、現像から上がってきたフィルムを見て、僕はびっくりしてしまった。グチャグチャに束ねられ、何カ所もホチキスで留められたフィルムのゴミのようなものを渡されたからだ。「何も映ってなかったからね」と、DPE屋のオヤジは言った。
 ふざけるな、と僕はオヤジに食ってかかった。三十分以上もかかって、未露光のフィルムが必要な理由を説明し、オヤジに新しいフィルムを弁償させた。
 マクラレンの真似をして、引っ掻き傷を使った作品を作ってみようとした僕の試みは、しかし、ほんの数日で失敗に終わった。なぜなら、マクラレンが作品に使用したのは三十五ミリフィルムで、僕に許されたのは八ミリでしかなかったからだ。四分の一以下のフィルム幅では、まともな絵など描けるはずもなかった。そもそも、僕はとっても不器用なのだ。
「フリッカー」とタイトルだけは先に出来上がっていた僕の習作は、あっという間に頓挫した。