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2016/11/11

「波」1989年10月号

岡嶋二人 雑文

ゲームオーバー  ──あるいは夢の終わり 岡嶋二人

『クラインの壺』出版に際して新潮社の広報誌「波」に載せた《岡嶋二人解散宣言》です。この小文の掲載に関して徳山諄一とのやりとりは何もありませんでした。言わば、この文章は、元相棒に向けて書いたものだったのかもしれません。

 
 
ゲームオーバー
 ──あるいは夢の終わり

岡嶋二人



 それから、キティ、あの夢を見だのはだれなのか、考えてみましょう。──よくって、キティ、夢をみたのは、わたしか、赤の王さまか、どちらかに違いないのよ。むろん、赤の王さまはわたしの夢の一部分だったわ──だけど、わたしだって、赤の王さまの夢の一部分だったのよ。
            『鏡の国のアリス』(岡田忠軒訳)より


『クラインの壺』を書きながら、これは僕の『鏡の国のアリス』なのだと気づきました。
 数えてみると、これが僕たちの二十六冊目の本になります。僕たちは、七年前の九月に二人組の物書きとしてスタートしてから、二十一の長篇と、五十三の短篇、そしてゲームブックを一つ書きました。そして、この『クラインの壺』で、一つの区切りをつけようと思っています。
 これは、僕たちの最後の小説(ミステリー)です。
 どうだったのだろう? と考えています。この七年間は、僕と相棒のどちらが見ていた夢だったのだろうか、と。
 一つだけ確かなのは、それがどちらのものだったにせよ、お互いの夢の一部分であることから抜け出したい、ということでした。夢の中は、とても居心地が良いし、正直なところ、そこから抜け出すのはとても怖いのです。でも、そこが夢の中だと気づいてしまった以上、次にどうすべきなのかは明らかでした。
 一つの夢から抜け出すことは、もしかすれば、また違った夢の中へ入って行くだけのことなのかもしれません。でも、だからこそ『クラインの壷』を書くことにしたのです。
「まだやっていないこと」というのが、僕たちが小説を書く時にいつも持っていた気持ちでした。他の人がすでにやり終えたものであっても、それが自分にとって「まだやっていないこと」なら、僕たちはそれに飛びつきました。この『クラインの壺』も、その一つでした。
 この作品で、岡嶋二人を終わります。みなさまにご愛読いただいたことを、心から感謝いたします。
 終わったあとのことは、まだ考えていません。たぶん、井上泉と徳山諄一の、それぞれの夢をはじめることになるのでしょう。